朝際的珈琲時光

燕時光の唄とギターと頭脳の人

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私にしては珍しく、太極拳の帰りにお酒を飲みながら

このブログを書きながら帰宅している

 

最近ライブの日にしかお酒飲んでなかったなぁ、

いつも太極拳を練習している公民館の側にレトロな商店街があるから

少しだけ色んなところに寄り道して帰る

 

ところでちょっとふわっと思ったこと

私には少しだけ居場所が増えたなぁと思うこと

音楽以外のところで、音楽に普段は触れていない、いつもの私がどんなことをしているのか知らないでいてくれる世界

 

太極拳が特にそうだとおもうけど

かなり年代がバラバラで私の教室では私が最年少だったりする

特別音楽の話をしなくていいし、気楽でよい

 

今まで私は音楽をやっている私をワイコとして縛り付けてきて

無意識に我慢をしてたのだと思うけど

逃げ場はたくさん作ったほうがいい

 

音楽を作れない日は

絵を描けばいい、太極拳をやればいい、映画を見ればいい、喫茶店に行けばいい、鳥を愛でればいい

 

今私はすっごく気楽で

地下に集まる人たちだけに評価されなくていい、と割り切っている

音楽が出来なくても、生きてて大丈夫と愛してくれる人がいるし

私は今私を一応好きだ、

 

昔少しだけ流石に自分でも「狂ったな」と感じた時期があった

ある一人やある一定の気の合わない人たちに認められることに必死で

四六時中そのことに必死だった

ちょうど私のよく言う「灰色の時期」ってのはその頃のことで

「体温」を書いたのもその頃だった

 

随分その頃は自分を安売りしたなぁと

自分を保つ権限は全て他人の評価でしかないから余りにも脆くて、口では立派なことを言われても、そんな関係はすぐに崩れた

自分の形を保つのに最後の手段にとったものは「可哀想」と思われることだった

余りにも形のない偽物の愛や友情だった

 

それからしばらく、人から言われたことが余りにも信じられなくなって

けどこうやってまた私は人を信じて生活してる、

てか

自分を信じて生活してる

これが正解

 

人の言葉を少しだけ俯瞰的に聞けるようになったのは

自分で自分を保つ力を手に入れたから

 

信じない、信じられない

じゃなく元から当てにしていない

 

その中で気に入った言葉はずっと心に取っておく

 

だから今私は誰に何を言われても大丈夫

 

好きになってもらえなくても

好きをこっちから選べばいい、選ぶだけでいい

選ばれることにしがみつかなくていい